アサヒアートコラボレーション 森を遊ぶ・木村崇人展
アサヒアートコラボレーション 森を遊ぶ・木村崇人展
2008年 6月14日 ~ 7月15日
すみだリバーサイドホールギャラリー ・ アサヒビール吾妻橋ビル 1階ロビー
森を遊ぶ・木村崇人展は、まさに山の中に住む、地球と遊ぶ美術家だからこそ完成できた作品群だった。
山の中に住んでいながら、制作に追われて、なかなか山や森を堪能できていなかった木村にとって、アサヒから出された『森を遊ぶ』というテーマをどう作品にしていくかが、最大の難関だった。
山に住んでいるからこそ表現できる森は、どんな森なのだろう。時間を見つけては自宅裏の森へ入り、何時間でも歩き回る。
また、様々な形で森に携わって生きている人を訪れてヒアリングを続けているうちに、そこに住む人の森への想い、記憶、不安・・・が浮かび上がってきた。
知れば知るほど、あまりに荒んだ日本の森の現状。
次第に、森と『遊ぶ』部分が見えなくなってくる。
会場に擬森をつくり込んで再現するだけでは、自分の感じている本物の森に勝るものができるはずがない。
森を知らない人も、森を知っている人も、森に思いを馳せることができる展示・・・
重苦しい森の問題を押さえながらも、森そのものを楽しむことができる軽快さをどう表現したら良いのか。
与えられた半年という制作日程の中で、最も木村が時間を費やし、頭を痛めた重要な作業が、自分が知った森を作品として昇華させることだった。
森の中に住む作家だからこそ伝えられる森の姿があるはず・・・
そう自問自答しながら、『森を遊ぶ』ことについて考える日々が3ヶ月以上続いた。
会場エントランス
森の法則(アサヒビール吾妻橋ビル 1階ロビー)
そして、最終的に、木村は様々な表情を持つ森を、森さんのお宅にお邪魔する・・・という突飛なコンセプトを打ちたてた。
玄関には『森』の表札。
庭に見立てられたショーケースには、『コンセプト盆栽』や、『静なる戦い』などが並ぶ。
暗幕のかけられた寝室に入ると、星の木もれ陽が降り注ぐ『光の間』。
六角形の机が、蜂の巣のように並べられたダイニングは『恵の間』。
人工林をイメージした作品『静の間』。
自然林をイメージした作品『動の間』。
時間限定で現われる押入れの中の『陰の間』。
そして、会場を後にするときに始めて気づく、玄関と鳥居が一体になった作品『玄(幽)関(門)』。
全て、木村が自ら歩き体感した森の表情。
一言では言い表すことが難しい、森の様々な姿が、部屋をめぐるたびに現われる。
これが、木村の見た、感じた、学んだ森の姿である。
また、木村は、この展覧会中に、面白い現象を発見する。
会場は、アサヒの森から輸送された森の素材で、森の匂いがあふれかえっていた。
森で育った人、森を知らずに育った人、森を訪れたことがある人・・・会場が東京だったということもあるのか、様々な森とのかかわりを持っている人が訪れた。
不思議なことに、森で育った年配の方は、スタッフを呼びとめて昔の森の姿を語ってくれることが多かったという。
また、森を知らない人たちも、森の香りをかぐと心が休まるというコメントを多く残してくれた。
結果的に、多くの人が会場に通常よりも長くいることが多かったり、一度訪れた人が、友人などを連れて後日訪れてくれるケースが多く見られた。
嗅覚は、他の感覚に比べて、より本能に近いところで記憶(海馬)と密接につながっている言われているが、きっと、会場を訪れた人たちは、皆、嗅覚から呼び覚まされた各々の記憶する森と会話する空間が出現していたのだろう・・・
こうして、木村のその後の作品に、新たに『嗅覚』という素材が加わったことは言うまでもない。
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『玄(幽)関(門)』(会場入口)
会場入り口に突如現われた森家の玄関 展覧会に来た人が、入って良いかどうか、一瞬迷ってしまうこともしばしば・・・
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『玄(幽)関(門)』(会場出口)
玄関から入ったときには死角になって見えない鳥居。 森家にお邪魔した人は、会場を出るときに、そこが神聖な森だったことに気が付く仕掛け。
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『飾り棚』
木村さんが森を歩き回ったときに、森で拾ったものを飾った棚。
枝を鹿の角だと思って喜んで拾った経験から、鹿の角が正しく擬態だったことに改めて気づかされた。
また、昭和の初めに捨てられたアサヒビールの缶や動物達がかじったと思われる木の実や骨などが展示された。
森の中は、そのときの時間がそのまま止まったように残されている様子を見て、森には独特な時間の流れを感じたといいます。
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『コンセプト盆栽)』
『聖なる戦い』
ショーケースは庭の設定。 10年以上構想してきた『コンセプト盆栽』は、様々な障害を与えた植物が、柔軟な姿で育っていく様子を観察する作品。 実際に森に入って目撃した植物達の生命をかけた戦い。光を求めて従来の姿を変えて成長する植物達の姿に驚いたという。 リングのように創られた条件下で、植物達が動育っていくかを想像して楽しむ作品。
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『光の間』
葉のシャンデリアから降り注ぐのは、星の木もれ陽。木村の代表的作品である。 ここは動物たちの寝室。 陽の光が降り注ぐ時間は、多くの動物が眠っている時間。星型の木もれ陽の形で、動物たちの活動時間を表現しました。 壁面には、動物たちの巣のドローイングが施されています。
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『恵の間』
6角形のテーブルが組み合わさって、展示された紙皿に描かれたドローイング。 ここは森の恵みを水からひも解こうとした、森のダイニング。 森から離れて暮らしている人たちが、実はどれほど森から恩恵を受けているのか、水をキーワードに考えてドローイングで表現。 壁に引かれた一本の青い線は、山から流れてきた水です。
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『静の間』
傾斜に向かって枝を伸ばし、山側には枝を伸ばさない柔軟な木の成長。 傾斜の強い場所で育った木々は、光を求めて枝を伸ばし、光が当たらない山側の枝は自ら落としてしまうので枝がありません。 この不思議な木の姿に、木村さんは驚かされたのです。 アサヒの森を訪れたとき、美しく手入れされた人工林の木々は、整列をして凛と静かな美しさを感じたといいます。 それは、お客様をおもてなしする客間をイメージ。 会場は杉の葉を踏みしめて山を登る感覚を疑似体験できるようになっており、会場は杉の葉の香りが立ち込めていました。 この人工林の周りに設置されているのは、害獣よけの電柵。この電柵に、木村さんは人が山と関わる姿勢の象徴を感じたといいます。
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『動の間』
山の中を歩いていると、どこからか何かに見られているような気配がしたといいます。 そんな時、ここは動物たちの場所で、人なんて小さくて無力な生き物だと感じたそうです。 森を歩くと、雲の流れや太陽の動きがいつもと違って感じたのを表現したかったという木村さん。 ライティングをプログラムによって変化させて、光で森の時間を表現しました。 光の変化で、オーガンジーに描かれた森の風景が刻々と変化します。 また描かれた絵の中には、様々な動物が隠れています。木村さんが森で感じた動物たちの気配・・・会場に訪れた人たちは、何匹のどうぶつを見つけられたでしょうか? 枯葉を踏みして、オーガンジーのカーテンを掻き分けてあるく不思議な体験は、多くの人を魅了しました。
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『陰の間』
木村さんが最も衝撃を受けた、退廃する森の現状「放置林」。 森の抱える深刻な問題が、人々に公開されず放置され、悪化している憤りや疑問を投げかけた作品。 森を遊ばなくてはならないのに、この深刻な状況を、どう盛り込んで表現するか・・・ 木村さんが一番苦しんだ部分でした。 『動の間』の一角に設置された『陰の間』は押入れの設定。 通常は中が見えない押入れですが、光の現象を利用して、一定時間だけ押入れの中に押し込められた「放置林」の無残な姿が浮かび上がります。